フィリピンツーリング紀行

写真

 忙しい最中、今年もまた行ってしまった・・・。この時期芯から冷える真冬の日本から、たった4時間で行ける常夏の国、フィリピンへ。

 そう、今回もまたムトウトレーディングさんの企画にて、抜ける様な青空の下、ユッタリと流れる時間の中でバイク三昧と美味しい空気、美味しいサンミゲルビールをタラフク味わって・・・。拙い文章で申し訳ないが、少しでも皆さんにも我々の感動が伝わる事を願い、お付き合い願いたい。

 3月4日(金)出発日は、なんと「明け方から大雪!」の天気予報。大事をとって成田空港近くのホテルに前日から宿泊する事にする。前日と言っても、私の仕事が終わってからなのでこちらを出たのが夜の10時頃だ。今回参加するメンバーは、私を含めて4名。皆いい年をした大人だけ、しかも少人数なので楽でいい!
一番年配になる田中氏は、単独で早々に自宅を出て空港近くに宿泊予定なので心配ない(さすが旅慣れていて抜かりが無い)。残りのメンバー、私(高橋)と浜野氏、竹内氏の3名で浜野氏のベンツを私が運転し、ホテルに向かう。途中私の風邪が酷いので薬屋に寄り風邪薬、栄養剤、胃腸薬、サロンパス(これが後で役に立つ)等を買い、早速皆で栄養剤を飲み鋭気を養う事にする。

 雨が降ってはいるが、それ程寒くないので雪にならない事を願いながら空いている高速を飛ばす。丁度12時頃にホテルに着き、明日朝の送迎バスの時間を確認し、部屋に向かう。トリプルルームなので皆でビール等を飲みながら、明日からの事をワクワクしながら話していると、遠い昔の記憶にある学生時代の修学旅行を思い出した。何とも言えずに心地良い感じだ。

 他の2名が眠りに付く前に寝ないと、「皆のイビキで寝られなくなる、早く寝るぞ!」と思えば思うほど目が冴えて来る。さっき風邪薬を飲んで眠くなる筈なのに!

 その内に、「豚」と「河馬」が私の真横で寝ている状態になる・・・。仕方無しに寝るのを諦めるが、しかし、目だけは閉じて少しでも体力の消耗を押さえる事にする。

 正に悪夢の様な時間が過ぎ、起床予定時間の5時になる。あちらでは、一人一部屋にしといて本当に良かったと思った。

 余りにも静かなので外を見ると案の定「雪」だ。頭の痛みと喉の痛みが昨日より増している。殆んど声が出ない状態だ。身体も随分熱っぽいが私がリタイヤする事は許されない。重い身体を鞭打ち支度をし、送迎バスに乗り込む。凄い雪だ。こちらに泊まって正解であった。

 空港では、出発ロビーの前で予定時刻より少し前に田中氏と合流。直ぐに搭乗手続きを取り空港内にて皆で楽しく朝食を取る。腹ごしらえが終わり出国ゲートに向かう。

 待合ロビーから見るとジャンボ機の上には薄っすらと雪が積もっている。大丈夫なのか?ロビーの大型テレビでは、しきりに交通機関の麻痺状況を伝えている。そうこうしている内に搭乗が始まる。ヤハリ嫌な予感が当たり出発時刻になっても機は動こうとしない。良く見ると翼の上にはかなりの雪が積もっている。

 機長からのアナウンス「空港が閉鎖になったが、この機の除雪作業が終わり、閉鎖が解け次第離陸する」と。結局午前9時半出発予定が午後1時過ぎの出発になる。その間、機内に閉じ込められて、身体が悲鳴を上げ始めていた。

 ようやく離陸だ。飛行機は我々を乗せ、見通しの利かない薄暗い雪雲の中、機体を左右に大きく揺られながら次第に高度を上げて行く。まるで生きた心地がしない。暫くして雲を抜け、明るい日差しを翼が浴び、キラキラと眩しく輝いて見えた時は本当に嬉しかった!


 結局片道4時間で付くところを、待機時間を入れると8時間以上も掛かってマニラ空港に到着する。雪が降っていた成田から、いきなり真夏のマニラに着き風邪を引いている事もあるのだが、身体と頭が追いついていなくて少しふらついている。

 混雑している入国検査を済ませ、出迎えに来てくれている武藤氏と、これから何かとお世話になる鈴木氏と1年ぶりに対面する。後で分かったのだが、両名が待っていた所は関係者以外立ち入り禁止区域で、やけに人が居なくて分り易かったのだが、そこの役人を知っていてホンの少しのお小遣いと顔パスで入れたそうだ。こちらの国は万事がそんな感じで処理されている。なんでもチップの国だという事を思い出した次第。

 空港の駐車場で出迎えに来てくれた税関関係のお偉方の方と、昨夏仕事で来日し、意気投合したマイケルさんと久々の対面。ワザワザ迎えに来てくれるなんて、感激!

 予定時刻が4時間以上も押しているので、直ぐに混雑している空港周辺を経由して、これから3日間お供するバイクが置いてあるケソンシティへ伴走車に乗り向かう。

 相変わらず街は物凄い活気と騒音に溢れている。車のクラクションと2サイクル車の排気音と煙で咽返りそうになる。

 私と言えば、相変わらず風邪気味で完全に声が出ない。薬が効かないのは寝不足のせいだと諦める。今日は何があろうと早く寝るぞ、と心に誓う。

 日が暮れ始めた街中を走り、昨年のツーリングで一緒に走った会社を何社も経営しているボビー氏の倉庫に着く。そこには私達のお供をする黒い2台のCB400SFが待っていた。早速、鉛を纏っている様に重たい身体に革ジャン、ブーツ等の装備を着ける。初日だけ浜野氏の代わりに乗ってくれる武藤氏と共に、伴走車の後に付いていよいよ出発する。


 混雑している街中を抜け、今晩の宿泊予定地、アンヘルスに続く高速道に入る。最初は片側4車線の結構良い高速道だ。伴走車もかなりのスピードで走っている。100km程走った辺りで片側2車線になる。そこまで来るとかなり空いているので、少しバイクの調子を試したくなり右手を目一杯捻って見る。どうも私のバイクは、少し歳を取っているみたいで、力が無く非常にツマラナイ。5万キロ近く走行しているので仕方の無いところか・・・。後日、武藤氏が乗っている車両に代えた時は、今日の分まで十分に楽しんだから、まあ良しとしよう。 

  高速を降り途中伴走車が何回か道を間違えたが、出発してから約2時間後には一同無事に今日の宿泊地、アンヘルス、「クラークフィールド、ホリディイン」に到着。私は疲労のピークを迎えるが、皆と共に疲れた身体に鞭を打ち食事を取りに街中に向かう。ショウーダンスを見ながらフィリピナ料理を摘むが、皆さんも疲れが限界に来ているようで言葉少なになって来たので、早々にホテルに引き上げることにする。私は背中に暑い火鉢を押し付けられているかの様な痛みを和らげたく、マッサージを呼ぶ。さすがホテル付のマッサージ師、2時間近く極上の気分を味わい550ペソ(約¥1100)とは!

 次の朝は昨夜のマッサージとたっぷり掻いた寝汗のせいと、死んだ様に眠ったお蔭で、昨日とは別人の様な身体だ。まだ頭は痛いが、少しは声も出るようになった。


 竹内氏に誘われて朝食を取りにカフェに行くと昨夜は暗くて分らなかったのだが、そこは正に桃源郷の様な南国リゾートの景色であった。直ぐ近くには広大なゴルフ場も在るそうだ。以前は東洋一の規模を誇った米空軍のベースが在った場所で、随分と栄えていたそうだが、今現在、米軍は撤退し主だった産業が無くなったが、その後をリゾート開発しているそうだ。

 兎に角、今は民間飛行場があるのだが、道にしても片側2車線なのだが回りに何も無くて馬鹿広いとしか言い様が無い所だ。

 朝食中は昨日の疲れが取れたのか、皆楽しそうな笑顔が並んでいる。ヤハリ笑顔は良いものだ。
遅い食事を終え、次の目的地のオロンガポー経由スービックに向かう。ホテルのチェックアウトに1時間も掛かり呆れるが、ここが紛れも無くフィリピンだと言う事を再確認する。


 今日からは、私と浜野氏がライダーだ。浜野氏は私と小学生の時からの親友で数年前まで2輪車と4輪車の教官をしていた程の腕前だ。初めてのフィリピンの道でも不安無く、上手く走れるだろう、たぶん・・・。最初はこちらの交通事情に戸惑っていた様だが、直ぐに適用していた。流石だ!真夏の太陽の下、革のライダージャケットに身を包んでいては辛い筈だが、走り出してしまえば案外と涼しいのだ。気温は33℃有るのだが、湿度が無くて過ごし易い。こちらの人間によると、この時期は1年を通して一番良い季節だそうだ。「よし来年も来よう」と心に誓う!

 昨日来た道を戻り、高速に乗り目的地に向かう。今日はバイクを交換したので、昨日の鬱憤を晴らす為に車両のチェックをする。今日のバイクの方が調子の良さが歴然としている。トップでレッドゾーンまで何もストレス無く回ってくれる。バイクはヤハリこうでなくては!

 楽しい高速道を降り、伴走車と一般道をひた走る。こちらの一般国道(片側1斜線の)で一番我がもの顔をして走っているのが長距離バスだ。巨体を揺るがせて猛スピードで走っている。バイクは問題無いが、伴走車ではこのバスを抜く事は中々辛い。バスを抜く時には、約120k以上のスピードが出て無ければ無理だ。バスも一般道で約100キロ近くのペースで走っている。恐ろしや・・・。


 こちらで気が付いた面白い事といえば、必ず車線の横には広い路側帯があり、そこに何やら人が立っていて何時もこちらを見ている様な気がするのだが、あれはジープニーやシクロ(2輪のサイドカー、古い125cc位の2サイクル車が多い。村によってサイドカーの色が違う)を待っている人達なのだ。兎に角、こちらは道に出ている人が多い。

 遠い記憶の中に薄っすら残っている、日本の遠い昔の真夏日に似た太陽と街並み、焼けたアスファルトの匂いに懐かしさを覚えて又々感心し、どこの通りでも歩いている人々の多さに圧倒され、人々の熱気にまたまた関心・・・。

 いくつもの街中を抜け、両側が見渡す限り何処までも続く田園地帯をひたすら走る。途中のガソリンスタンドで給油を兼ねて小休止。留まっていると汗が噴出してくる。ヤハリ暑い!


 あと少しでオロンガポーと言う場所で、こちらでは人気の「ジョリービー」というマクドナルドみたいなハンバーガー屋で昼食だ。日本人とバイクの取り合わせが余程珍しいみたいで、現地の方の視線を痛いほど浴びる。

 外ではちゃんと此処のガードマンが車両を守ってくれている。勿論こちらのガードマンはピストル携帯だ。私達からすればタカが400ccのオートバイだが、こちらの生活水準からすれば5〜6年分の年収と同等なのだ!日本で年収200万円貰っている人が¥1000万円のバイクに乗っている様なものなのである。

 こちらでは殆んど大型バイクには逢わない。大型バイクはごく限られた方達の、生活に全く関係の無い、贅沢な乗り物なのだ。面白い事に、こちらではスピード違反はない。厳密には有るのだろうが。こちらの大型バイクばかりのツーリングクラブの連中(こちらの超が付く大金持ち達です)と昨年以来友達なのですが、彼ら曰く「スピード違反は取り締まらない。気が済むだけスピード出して大丈夫!」だそうだ。(去年こちらのツーリングで初めての道を200キロで疾走し、現地の彼らに呆れられた私と武藤氏であった。)。全く信じられない程良い国だ。「出来る事なら是非こちらに移住したい」と思ったのは、私だけではなかったらしい。
余り私の口には合わない、オイルライス付きのフライドチキンのコンボを食べる。


 此処から先は田中氏の希望で、田中氏を後ろに乗せて走る。「セミが電信柱にとまっている様にピッタリと掴まり、私と同じ動きをして下さい」とお願いする。思いのほか田中氏が軽いので、それほどタンデムが気に成らずに走る事が出来き、これより少し先の山道を伴走車と何台か前を行く車をパスして快調に飛ばす。

 浜野氏を従えて幹線道路よりベース(軍事基地)の中を通る有料道路(この道は400cc以下のバイクは通行禁止なのだそうだ。ライフルを持った警備員がこちらを威嚇するように立っている。私の態度と顔が悪いのか?)のワインディングロードを、ハイスピードタンデムライディングを堪能する。

 とても景色も道の舗装も良くて、丁度日本の伊豆スカイラインを広くした様な感じの道だ。今度はやはり、大型のレーサーレプリカで来たい。

 少し飛ばして走ると直ぐに海の近くに出た。スービック湾だ。ここはフィリピン唯一の自由港らしい。大型の船や、港の近くにはとても大きな規模の車両のオークション会場が有り、日本から来たらしい「佐○急便」や「福○通運」「白○社のクリーニング」等といったロゴが付いたままの車両が何百台もならんで置かれていた。週末なのでか、人通りが非常に少ないフィリピンらしくない道を進み、海に面した飛行場の脇を通り、その先の鬱蒼とした森の中のアップダウンの続くワインディングロードを駆け抜けて先程とは反対側の港に出る。とても綺麗な所だ。

 タンデムして来た田中氏を降ろし伴走車の連中とみんなで一緒に記念撮影だ。私は港といえばお約束のロープを掛ける丸い金属(スミマセン、名前が分りません)に片足を掛け、お決まりのマドロスのポーズだ!(小林明を知らない世代には分らないな〜)澄んだ海と抜ける様な青空、美味しい空気を思いっ切り味わう。ウマイッ!

 帰り道はソロで森の中の道を引き返し、スピードを上げて攻めてみる。1度、中央の分離帯に埋めてある大き目のキャツアイを踏んで前輪がグリップを失くし外側に逃げて行き、スリップダウンしそうになる。久々に背筋に緊張が走るがしかし、アクセルはそのままでカウンターを当て、体勢を取り直し再びフルスロットル!リヤスライドの快感を味わいながら駆け抜けると、森の外れまでアッという間。ヤハリ次回のツーリングはレーサーレプリカが良い!・・とマタマタ痛感した次第。

 皆が追いつくまで暫し休息。ほとんど通行車両が無く、辺りの静粛が全身を包み込み気分爽快!ここから宿までは先程までの静けさとは打って変わって喧騒の街中を、伴走車を先頭にして走る。革ジャンを着ているので渋滞の道は「クソ暑い!」しかし、道が分らないので伴走車を抜く事は出来ない。

 そこ彼処から聞こえて来る車のクラクションや雑踏やらで、東南アジアらしい喧騒に包まれた混雑したスービックの街中を抜け、街中よりは少し空いている海沿いを走り「ホワイトロックホテル」に到着。綺麗な白浜のプライベートビーチとプールと広い庭園等がある、洒落たリゾートホテルだ。昨日と違いまだ日が高いのでそれ程疲れておらず、今日は旨い酒になりそうだ。

 部屋に荷物を置き、埃にまみれた身体をシャワーで洗い流す。まだ多少頭がクラクラするが、火照った身体にすこし冷たいシャワーが心地良い。


此処のホテルは作りが古いのか、田舎だからか分らないが、エアコンではなく音の大きめな冷え過ぎるほど効くクーラーだし、水廻りの取り付けがガタガタで流石フィリピンのリゾートホテルという感じだ。でもテレビは衛星放送が入って、日本語の番組も見られるのには驚いた。部屋からの見晴らしも大変素晴らしい。まあ、これなら及第点を付けても良いだろう。昨日のホリディインが綺麗過ぎた・・・。

 皆と待ち合わせの時間が来たのでロビーに下りていく。チョットまだ日が高いが一汗掻いた後の上手いビールが飲みたくて外のデッキで御つまみとビールを注文する。もちろんサンミゲールビールだ。こちらでは水代わりに飲まれている軽い口当たりのライトビールだ。

 あれこれ話が弾んで話し込んでいる所に、ディナーショウー紛いのトリオの弾き語りが近づいて来て何かリクエストしろと言ってくる。まるで昔、日本のスナックなどによく居た流しの弾き語りの様だ。60年代のポップスとかを適当にリクエストすると、3人の演奏とコーラスが絶妙でこれが結構上手いのであった。調子に乗り、10曲以上リクエストし、知っている歌は一緒に歌い大いに楽しんだ(日頃の成果を発表する為にも私も歌いたかったのだが風邪で声が出ないので諦める事にする。残念!)。気が付くと辺りはトップリと日が暮れてディナーを食べに来たホテルのお客さん達が、他の席を埋め始めていた。皆、こちらの席での出来事を珍しげに見ている。


 余りに上手い歌を聞かせて貰ったので竹内氏が奮発して1000ペソ(1ペソ約¥2円、この手のチップは200ペソが相場らしい)をチップとしてバンドマン達に渡す。それを見ていたガイドの鈴木氏が、ビックリして「そんなに沢山渡したらこの人達はもう仕事などしないで、ジンを一瓶買って飲み出しちゃいますよ」と言っていたが、私達の席を離れて楽器を少し離れたカウンターの隅に置いたなと思ったら空いているテーブルに3人して座り、何やらウエイターに注文して本当に飲み出したではないか!本当に此処の国の人間ときたら、最高だゼッ!鈴木氏曰く「3日は3人とも働かないな」アッパレ。

 調子に乗り上手いサンミゲルビールを飲みすぎた所為か、頭のネジが随分緩んできた。こうなるともう歯止めが効かなくなって来る。場所を移して飲み直しをする事にする。ガイドの鈴木氏の助手で今回の運転手、ジュンの運転で近くのショウパブに行く。いかにも田舎の場末のひなびたショウパブだ。最初は皆、盛り上がっていたのだが飲み過ぎがタタリ、身体が電池切れになり、思考回路も身体も動かなくなって来る。アルコールの毒性に負けない理性が効くうちに、早々とホテルに退散となる。本日の教訓(今更言うまでも無いのだが)「ペース配分は大切だ!」

 翌朝、喉の渇きで眼が醒めて、昨日の酒が身体に少し残っている事を憂いた。部屋の窓から見える絶景をデジカメに収めていると、美味しい空気と素晴らしい景色の所為か、少し身体が生き返ってくる感じだ。忙しいのを無理してでも、来て本当に良かった!

 シャワーで濡れた髪を乾かし、皆の部屋を訪ねて回るが誰も居ない。支度をして私もロビーに降りて行く。武藤氏以外皆、早々と朝食を取っていて、私も昨夜と同じテラスのテーブルにて皆と共にこの地としては結構まともな朝食を取る。バイキング方式でフィリピナ料理からアメリカンスタイルのスクランブルエッグまで色とりどりの料理が揃っている。採りたてのフルーツも盛り沢山。アルコールで壊れたビタミンを補給すべくマンゴーに噛り付く。素晴らしく上手い!今まで美味しいと思って日本で食べていたマンゴーは、何だったのだろうか?


 食事を終え、皆とホテルの庭を散策する。広くて素晴らしく綺麗な作りだ。目の前のプライベートビーチは眩いばかりの綺麗な白浜で、人影も疎らで疲れた身体と神経を癒すのにはもってこいの浜辺だ。ビーチとホテルの建物の間には椰子の木の林が在り、屋根付きの竹で編んだハンモックが張り巡らされていて正に南国ムードと言う感じだ。そのハンモックに寝そべると極上の気持ち良さに全身が包まれ、いつの間にか心地良い眠りに就いてしまう・・・。

 今度来る時は家族と来たいと思った。いつも忙しく家族の為に働いてくれているワイフには、最高のプレゼントになるだろう・・・。

 さて、はやいものでバイクに乗るのは今日が最終日。チェックアウトを済ませ荷物を伴走車に載せホテルを後にする。目指すは出発地であるケソンシティーのあの倉庫。夕方までには着き、マニラの中心街日本で言う銀座に当たるマカティーのホテルにチェックインする予定だ。

 来た道を快調に浜野氏と共に飛ばす。高速道に乗り暫く行くと違う道で高速道を降りた。幹線道から外れ次第に道は細くなり街並みは消え、辺りは田んぼや荒地ばかりのセンターラインも無い細い田舎道へとジュンの運転する先導車は我々を導いて行く。大丈夫か?ジュン?しかし、これまで何度も道を間違えたジュンが、名誉挽回を狙って自分の知っている限りの裏道を使って走っているのだろう、と思う事として、大人しく着いていく。

 やがて小さな村の中程に在る広場の隅に先導車が止まり、中から皆が楽しそうに降りて来た。なぜ留まったのか訳が分らないまま車の後ろにバイクを停めて廻りの家々を見渡すと、暑いのでどの家も窓も扉も開け放してあり、薄暗い家の中から何人もの目が好奇の眼で私達の事を見詰めている。きっと「高嶺の花のバイクに乗って来た、得体の知れない人間が何をしにこんな所まで来たのだろう」とでも思っているのだろうか。

 如何して停まったのかと聞くと、今回同行していた武藤氏のガールフレンドの実家に立ち寄ったそうなのだ。兎に角バイクを置き、人がすれ違うことの出来ないくらい狭い路地を入り、彼女の実家にゾロゾロ付いて行く。


 どの家もブロックを簡単に積み上げただけの簡単な作りだ。家々の間には、多分共同らしい昔懐かしい手押しのポンプの井戸が在った。彼女の実家に着くと中から家族全員がゾロゾロと出て来て我々を歓迎してくれた。両親と兄弟姉妹、その兄弟の嫁さん、その子供達、居るは、居るは、小さな家から数え切れない位人が出て来る。皆とてもシャイで照れ臭そうにしている。

 竹内氏が路地の先に在るサリサリストアー(日本で言う所の小さな「萬屋さん」)で可愛い子供達の為に、袋一杯のお菓子を買って来て子供たちの前に広げる。その頃には珍しい日本人が何人もやって来た事が近所中に伝わったらしく、この路地は近所中の人間で大騒ぎになってしまっていた。

 大勢集まって来た子供たちだが、最初は遠慮していて手を出さなかったが、一人の子が手を出した途端、四方八方から手が伸びて来てアット言う間にお菓子の山が無くなった。まるで自分の子供時代の様だ。皆嬉しそうに菓子の袋を手にして自慢しあっている。本当にこの国の子供たちの笑顔は最高に可愛いらしくて天使の様だ。


もう一つ忘れる事の出来ない、大変素晴らしい出来事が有ったことをお知らせしておこう。集まってきた近所のとても恰幅のいいご婦人が、浜野氏に一目惚れをしたそうだ!?二人並んだところを記念撮影して上げたら、二人とも大喜びしていた!?因みに、このご婦人は50歳を少し過ぎているが、独身で一人身だという事を我々にしきりにアピールしていた。またビックリする位歌が上手い!私は、黒人のゴスペル歌手かと思ってしまったくらいだ。きっと来年またこちらに来る時には結構式になるだろう・・・?

     写真


 暫しの民間交流の時間を楽しみ、再び帰路に着く。また高速に乗り、日曜なので少し普段より空いている市街地を通りケソンシティーの振り出し地点の倉庫まで無事に夕刻に到着する。バイクを返却し着替えをして、伴走車でマニラ一番の繁華街マカティ地区のホテルに向かう。ホテルで鈴木氏と運転手のジュンとお別れだ。両名とは、再会する事を約束する。

 いよいよこの旅も明日で最終日、体調は未だ万全では無いが、何とか身体が持ったなと言う感じだ。各々ホテルの部屋に入り汗を流してからロビーにて待ち合わせる事にする。そう、到着日に出迎えてくれたマイケルさんとこの後約束していた事を思い出す。今日は早く寝れそうも無いのか・・・。

 武藤氏オススメのホテルの近くに在る「新宿ラーメン」という日本食のレストランで、先ずは無事に最終日の夜を迎えられた事を祝しサンミゲールで乾杯する。昼食で食べた「マミ」という、こちらのラーメンモドキの味と比べ物にならない位美味しい日本のラーメンを味わう。もう一つのオススメ「お新香」を、日本語の上手いフィリピン人のウエイターに追加注文する。勿論日本語で!旨い!久々の日本の味だ!サンミゲールが進む・・・。

 何度目かの乾杯の時にマイケルさんが現れ一緒に乾杯する。ほんとに笑顔の可愛い素敵な少し助平で憎めない小父さんだ。日本語を交えた冗談話で盛り上がり、またまたビールが進む。過日の教訓何処吹く風とやら・・・。


 マイケルさんが最後の日なので色々と我々を連れて行きたいそうだ。電話で友達を呼ぶと直ぐに、日本で買っても高そうなアメ車の4WDに乗った「藤岡宏」似の小父さんが颯爽と登場した。先ずは皆でお店の前にて記念撮影。私達4名と武藤氏達2名、マイケルさんと「藤岡宏」似のボブさんと総勢8名。ボブさんの提案でピストルを撃ちに行く事にする(ボブさんは今度射撃の大会があるそうで、車内にはカートリッジに実弾が入ったままのピストルがガンホルダーに入れてシートに掛けてあった。危なすぎるぞっ!彼は偉い役人さんで、どんな事をしても捕まらないそうだ。この国は日本の常識は通用しない。深く考えない事にする)。

 ボブさんの車と、タクシーに分乗してダウンタウンに向かう。着いた所はイカにも危なそうな場所だ。道の両脇にたむろしている危なげな連中と目を合わせない様にして射撃場に着く。そこは、ビルの一階で「こんな所が射撃場なの」という感じだ。何故か田中氏の目が輝いている。聞けば子供の頃から銃が好きで、かなりのガンマニアらしい。道理でウキウキしていると思った。


 全部で4レーンしかない射撃場に入り全員ヘッドフォンとゴーグルをし、銃の説明を受ける。田中氏は45口径の銃を手にして、ワクワクしているのが手取れる様だ。係員が一人ずつ付きっ切りで指導しながら50発打つ。私も撃ったが、どうも銃の精度が良くなくて左にずれてしまう。きっとフィリピン製のレプリカなのかも知れない。でもやはり撃った時の感触が堪らない。ここでもチップを強請られてしまう。日本人は良い餌食らしい。

 次はマイケルさんオススメのショウパブだ。大分夜も更けてきたので眠たくなっているのだが、ここは我慢で付いて行く。着いた所はとても大きなお店で、なんでも日本人が経営者だそうだ。

 マイケルさんは、ここのママと友達らしい?ビックリしたのは着いて早々、白衣みたいな物を着ているフィリピン人達が一人ずつ付き、頼んでもいないマッサージを始め、チップを貰わないと止めそうも無いのだ。トイレ行ってもドアを開けてビックリ!先程のニワカマッサージ達が待ち構えていて、用を足した後に「やれタオルをどうぞ」だの「マッサージしましょうか」などと機関銃の如くチップを貰うまで攻撃してくる。小さな単位のお金を持っていないと、えらい事になる。大きな紙幣だと、チップのお釣りは無いのだから。

 1時間くらい談笑して、早々に退散する事にする。マイケル氏が名残惜しそうな顔をするが勘弁してもらう。

 また数時間後には会う事になるのだから。

 タクシーを拾いホテルまで帰り、死んだ様に眠りに就く。今日も飲みすぎた・・・。


 翌朝、浜野氏より電話で起こされる。竹内氏が夜中から足が痛くなり朝まで眠れなかったそうだと。早速、部屋に電話を入れ様子を伺い、日本で買ってきたスプレーサロンパスを届けに行く。買っておいて良かった。思いっきり足全体に掛けてやり私は部屋に戻る。疲れが溜まったのだろう。お互い若くないのだから・・・。
暫くすると少し収まったみたいで先程よりは元気な声で「食事に行こう」と電話があった。件の4名にて朝食を取りにビュッフェに行く。今回の短い様だが長い様な、色々な事が有った内容の濃い旅の思い出話に花が咲いた。「また来たい!」と皆が言う。私としてはそこが聞きたかったので、とても嬉しく思う。良かった!今までの疲れがその一言で飛んで行った。

 部屋に戻り荷造りをしていると武藤氏より電話が入る。「マイケルさんがロビーで待っている」との事。急いで荷造りを終えロビーに行く。仕事で何かと忙しいマイケルさんが、ワザワザ見送りに来てくれたのだ。義理硬い方だ。田中氏も荷造りを終えてロビーに着たので氏も交えて話に花が咲く。(話に花が咲くと言っても、私はあまり英語が得意でないので半分意味が通じていれば良い方だが)また日本に来た時は絶対に会う事を約束してマイケルさんと別れる。

 今まで一緒に回ってくれた武藤氏とガールフレンドと最後の談笑。武藤氏のガールフレンドが浜野氏のニックネームを命名してくれた。付いたあだ名が「ドラえもん」!これには一同大爆笑!こちらでも「ドラえもん」は人気番組らしい。

 飛行機の時間もあるので飛行場に余裕を持って行く。最後の一波乱。出発ターミナルが違っていた。急いでタクシーを捕まえて第2ターミナルに向かう。時間の余裕を見てきて良かった。タクシーの運転所がメーターを倒さないで、そのままの表示額を請求して来たので怒って文句を言ったら、黙って渡した金額だけ受け取り大人しく帰ってしまったが、日本人は分らないと思って法外な金額を請求されるそうだ。皆さんも気をつけて!

 ターミナルで記念撮影をして武藤氏と別れ、真夏の国から真冬の日本に向けて帰国の途に着く。

 帰路はラッキーな事にビジネスクラスにほんの少しの金額で変更出来た。足を伸ばして美味しい機内食を食べながら帰って来れたのであった。足が痛かった竹内氏にエコノミーはチョット辛いだろう、と神様が微笑んだのかも・・・。

皆様、お疲れ様でした!

 今回も波乱万丈、とっても内容の濃い3泊4日の旅を無事に過ごす事が出来、また次回も楽しい旅の企画をと思っているので、期待して欲しい。

 皆さんに今回の旅の面白さが少しでも伝わる事を願い、筆を置く事にする。最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。

高橋

写真